Adamson-Eric Museumはエストニアの芸術家であるAdamson-Eric(1902-1968)の作品が展示されているミュージアムである。このミュージアムは彼の死後に妻が作品を寄贈することで1983年にオープンした。彼は最も尊敬されるエストニアの芸術家の1人であり、画家としてのみならず応用芸術やデザインの分野でも活躍していた。常設展では、絵画や陶磁器、テキスタイルアートなどの彼の作品をエストニアの芸術の発展と共に鑑賞することができる。また、毎年2〜3回程度企画展が開催されており、着物などの日本美術にフォーカスした展示もこれまでに9回行っている。
あたたかい雰囲気で味わう魅力的な作品の数々
絵画だけでなく、陶器や布製品など幅広い芸術作品が展示されていることに驚いた。絵画のみを展示するというミュージアムの固定観念にとらわれず、旧市街の中に溶け込むように存在し、壁は明るくカラフルな色使いでほっと心が落ち着く誰もがあたたかい気持ちになるような雰囲気が広がっている。私は彼が病気を患ってからの作品が特に印象に残っている。写実的な絵から抽象的な絵へと転換しており、彼の芸術の根源が見えるように感じた。ミュージアムの方が説明してくださった日本との関わりについて驚きをもって受け止めたと同時に、着物等の日本美術の美しさがエストニアの人々にも伝わっているというのが嬉しかった。
全ての人に開かれた学びの機会と芸術の可能性
Adamson-Eric Museumでは、アートに触れるためのワークショップや講義、学習プログラムの提供により、子供たちや地域の人々に対する学習の機会を創出している。私たちがスタッフの方にお話を聴いた場所は普段ワークショップを行う場所であったため、製作に用いられる材料が多く置かれていた。美術館でワークショップを行うという発想が新鮮で”見る”のみでなく、自分の感性に従って自分の手で作ることに意味があるのだなと感じた。私たちが訪れたときにはバッグのデザインが展示されており、きれいに色が塗られた作品もあれば、布や紐が貼られた作品もあり、様々な個性豊かな作品が並んでいた。紙に布や紐を実際に貼り付けるという発想が私にはなく、紙にはペンで色を塗るものなどと決めつけている自分に気づくことができた。
実際に1週間で3〜4校の学校のグループがミュージアムを訪れており、生徒はワークシートを使用して展示を見学したり、展示に関連する体験型のワークショップに参加したりするそうだ。このミュージアムは、展示があるたびに美術の教員との会議を開催し、子ども向けのプログラムの計画の際には学校のカリキュラムと照らし合わせて芸術を歴史的または政治的な事象と結びつけようと努力しているという。私が経験した学級単位でのこのような施設訪問では、どの教科の授業内容とするのかやその体験の振り返りは学校内で完結していたイメージがある。エストニアでは年間5000人の子どもたちが政府の援助により無料でミュージアムを訪れることができる。学びの機会を全て学校が準備して提供するのではなく、学校以外の多様な価値を与えることのできる施設が学校での学びに積極的につながろうとするアプローチがあるという発見があった。コロナ禍においてもこのミュージアムのオンラインレッスンやビデオ講義が学校に提供されていたことから、対面での活動が難しくなろうともそのアプローチは絶え間なく続いていたことが分かる。このような小学校や幼稚園、教育者との連携に加え、その他にも家族に向けたツアーの開催や、休暇中のアートキャンプ、高齢者や障がいのある子どもを対象にしたアートセラピーなど多様な人々に開かれる空間が用意されている。最近ではウクライナ文化研究所と共同した芸術療法プログラムの提供が行われたという。
地元に根付いたミュージアムというのはどこでも財政面での厳しさや維持の難しさを抱えている。それでもこのミュージアムは寄贈された価値ある作品を守り新しい芸術を人々に紹介し続けている。地元のアーティストによるコンサートやアートスタジオの開催といった若い芸術家を支援する取り組みもあることから、芸術自体の価値を高め広めることにも貢献していると感じる。その上で、多様な人々と関わろうとする取り組みを積極的に行い新しい活動に挑戦していくことで、芸術のもつ教育やセラピーとしての可能性を最大限に生かしていることが分かった。
芸術とサステナビリティ
私たちに展示品やミュージアムについて紹介してくださった方は「あなたにとってのサステナビリティは?」という質問に対し気候変動や平等な権利といったワードとともに文化的な価値とこたえてくださった。「エストニア教育戦略2021-2035」の中にはSDGs17個の目標に加え「文化的空間の存続」がある。芸術は言葉で伝達しなくとも目にしたり感じたりすることで誰とでも共有できるものである。エストニア人の自然に対する意識や存続してきた文化やもの、空間等に対する価値感はこのようなミュージアムで培われサステナビリティを考える人の育成につながっているのかもしれない。