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執筆者の写真Hideki Maruyama

ごあいさつ:皆で作って皆で味わう

世界的パンデミックによる2年の喪失は大きかった。ほぼ100%の大学生がオンライン授業やバーチャル体験に慣れた2022年度というタイミングで、フィールドワークを主とする実践型プログラム「エストニア・スタディーツアー:持続可能な社会構築に向けた教育の可能性」が現地訪問を伴って開講されたことは意味深い。若者の中にはコストパフォーマンス・タイパを最重視し何か有意義・役立つとされることをひたすら追いかける者がいたり、大学教員の中にも現地のことはオンラインで質問すれば十分でわざわざ時間とお金をかけて現地訪問する必要など無いと本気で主張する者もいる。このツアーは無駄に思われることにも価値を見出し、現地に行くことに意義が見い出せるものである。


上智大学の実践型プログラムには事前に決められた内容を提示するものがある。その場合、参加学生は課題をこなし、期待される勉強内容を修得する。だが、このツアーは参加する学生が自ら課題を設定し、内容を決め、現地で調査等を行うデザインを持っている。その理由は2つの志向性、すなわち、経験学習から変容的学習へ、知識・技能の獲得から「自己・他者のために、他者とともに」へが背景にあるためで、サステイナビリティの学修にはそれらが必須となる(詳細は丸山2023を参照)。エストニア等へのスタディツアーでは当初から一貫してサステイナビリティを中心テーマとし、そこには自然・社会の一部としての自分自身の存在そして他者とともにそれを創り上げることを重視してきた。そのため、参加学生はお客様扱いされず、しかしコミットするほどに自身にとってリターンの多いものとなる。


今回のツアーでは、学生たちは教育とサステイナビリティという2つのキーワードにもとづいて事前学習を経て、エストニアを訪れた。エストニアという国のユニークな詳細と教育などの普遍的なものという一見すると正反対のものを追いかけることは、比較教育学の往復として捉えることができ、自身にとっての意味を構築することになる(詳細は丸山2019参照)。ただし、そこでは独善的な捉え方ではなく、他国・他者を鏡のように振り返る機会を通して自身を捉え直すことが自ずと生じる。つまり、他国から学ぶようでありながら、自分を発見するのである。


さらには、サステイナビリティで最も大切とされる、他者とともに創ることがこのツアーにも含まれる。パンデミック以前のようにエコハウスにおける集団生活はできなかったが、今回はエストニア料理をともに作り、味わうことができた。わずか10日ほどの期間ではあったが、過去2年にはできなかった衣食住を学生たちはともにして、相互に学び合う機会を得られた。最近では私立の高校でもスタディツアーが行われるが、自身が社会の構成員となる意識が強くなる大学生同士による日本の日常から離れた空間でともに創る時間は、参加学生の人間形成に長い期間をかけて意味をもたらすことであろう。この場を借りて、現地でご協力くださったエストニアの皆様、危機管理も含めて高度な調整と支援をくださった大学関係者に、心から感謝したい。


なお、過去のスタディツアー報告書は次の通りである


参考文献

  • 丸山英樹(2019)「比較教育学―差異化と一般化の往復で成り立つ」下司晶ら編『教育学年報11号:教育研究の新章』(pp.315-337)世織書房

  • 丸山英樹(2023)「エストニアへのスタディツアーからみる深いESDの実践と理論」杉浦未希子・水谷裕佳編『グローバル教育を実践するーー多様な領域からのアプローチ』上智大学出版


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