雪の中を歩く
タルトゥから40分ほどバスに揺られ、たどり着いたのは静かな森のロッジであった。あたり一面雪景色、私たち以外誰もいない。そんな大自然の中で1泊すると思うと、胸が高鳴った。ロッジで手作りのエナジーバーと洋ナシを受け取り、水筒に暖かいハーブティーを入れてもらったら、いざ3時間のハイキングへ出発。
私たちが歩いたのは、比較的綺麗に整備された湿原のハイキングコースであった。日本で言うと群馬県の尾瀬のような雰囲気かもしれない。マイナス10度以下というかなり寒い状況下ではあったが、日差しのおかげでかなり歩きやすかった。しかし、雪の影響で道は見えづらく、足元に注意して歩かなければ溝に落ちてしまう、そんなドキドキ感もあった。湿原の中は本当に静かで、聞こえる一番大きな音は自分たちの足音であった。雪を踏みしめる度に鳴るギュッギュッという音が響き渡り、立ち止まる度に静寂が訪れた。雪の上を歩くのに慣れていない私たちにとって、ハイキングは想像以上に体力を消耗するものであった。休憩のために高台に登ると、地平線いっぱいに広がる雪景色を一望することができた。この美しさを写真に残そうとカメラを構えても、この広大さは写真ではなかなか伝わらない。非日常的な景色に対する感動と、遭難したら帰れないという恐怖を感じながら、この湿原に向けて私達は再出発した。
休憩までの1時間ほどは高さのある木々の中を歩いていたが、ここからは木々の高さは低く、太陽が地面に反射して雪の表面がキラキラと輝いているのがよく分かった。コースの横に所々凍っている場所があり、その上に立つことも出来た。雪道を良く見ると、人間の足より小さな足跡があった。現地のガイドさん曰く、ウサギやキツネの足跡なんだそう。「まだ上に雪が積もっていなくて形が崩れていないから、これらの足跡は今朝のもの」というガイドさんの言葉を聞き、冬の寒い間も動物たちがこの森で生活し、自然と共存しているという事実を確認することが出来た。これほど寒い場所で、植物など育つのだろうか、と疑問に感じていると、ガイドさんがブルーベリーの木やローズマリーの木を紹介してくれた。雪に埋もれていて一見枯れているようだが、実際に手のひらで擦ってみるとアロマのようなローズマリーの香りがふんわりと広がった。
そんな湿原の中で、私たちは「1分間の静寂」を試してみることとなった。1分間何も言葉を発せず、ただ静かに湿原の中に立つことで、どんな音を感じることが出来るのか。いざ試してみると、静寂に飲み込まれそうになるほど、音の無い世界が広がった。ただ冷たい空気を肌で感じ、微かな風の音に耳をすませてみる。あの不思議な感覚には、もうしばらく出会うことは出来ないだろう。充実感のある疲れと共にハイキングを終え、私たちはロッジへ向かった。しかしその道が想像以上に長く、永遠に続く一本道を見ると気が遠くなったが、それも良い思い出である。
「エストニア人は自然が好き」という言葉をエストニア滞在中何度も耳にしたが、このハイキングを通してその言葉の説得力がさらに強まったように感じる。それと同時に、国土の多くが森林である日本の自然について、自分は何も知らないのではないかと深く考えさせられた。
大自然の中の暮らし
宿泊したロッジから少し離れたところに、煙がたつサウナ小屋はあった。森の静けさの中に聴こえる炎の音は、自然の中に暮らしている人間の生活を感じた。木のいい香りや自然のぬくもりを感じ、心休まる時間であった。寒い外気の中から徐々に暖まって行く感覚は人生で初めて味わったものだった。暖房などで身体の外側から温められるのとは異なり、体の芯からジワジワと温まっていく感じがした。凍える程冷え切った体が汗ばんでいくというのが不思議な感覚だった。ネイチャーハウスのロバートが一生懸命掘ってくださった池の穴に全身飛び込む勇気を持ち合わせた者はいなかったが、足だけ浸かってみたり、雪の上にダイブしてみたり各々の楽しみ方をしていた。サウナの中では、ゆったりお話をしながらお互いのことを知ることのできる時間であった。サウナからの帰り道は星空を楽しんだ。ビルや街灯のないロッジの周りは木星や金星が見える程暗く、星空が綺麗に見えた。
ロッジの中は暖かく、どこかホッとする懐かしさを感じる空気が漂っていた。ロッジでの生活は普段の生活と比べれば決して便利なものとは言えなかったが、私はその不便さも良い思い出として残っている。例えばお手洗いが外にあったためわざわざ寒い外に出なければならなかったが、そのおかげで見るたびに光の加減が変わり違う景色を味わえたり、星空が広がっていたり、外に出なければ見れない景色を眺めることができた。お手洗いは汲み取り式便所ではじめはみんなネガティブな感情を抱いていたが、寒さからか匂いも気にならず清潔感があった。ロッジでの生活は普段何気なく行っている習慣化された作業を丁寧に見直すきっかけともなった。テレビや外の騒音など集中を妨げるものがない環境での生活は、食事や睡眠などを集中して行うことができたように感じる。独立記念日にちなんだ料理やお菓子もいただいた。夕食づくりをみんなで行い、野菜を切る人・炒める人・混ぜる人など自然と分担されていた。この1日を通して様々な感情を共有したことで、少しずつチームの中も深まっていきチームワークが良くなったように感じた。
Nature Schoolで過ごした1日は、子供の頃を思い出した気持ちになった。見るもの聞くもの全てが新しく今まで知らなかった文化や考え方を学ぶことができた。"こんな経験初めて"という言葉をたくさん耳にした。丸山先生も遊びと学びの関係のお話をされていたが、"楽しい”、"ワクワクする“という気持ちは学びの中で大切なことだと感じた。