エストニアの代名詞ともいえる自然とICT(情報通信技術)。タリン大学への訪問では、この2つとエストニアとの関係を探った。
森林の国?
タリン大学でエストニア史と一般史を研究するKarsten Brüggemann教授は「自然への愛着はエストニアの国民性の重要な構成要素と言える」と話す。エストニアの環境省は、国土の半分以上を占める森林について「エストニアの文化の一部」[1]と表現している。森林は、エストニアの成り立ちと関係が深い。1940年にソ連に併合されてから、エストニア北東部では重工業と鉱山業の開発、およびそれに伴うロシアからの労働者の移住が進んだ[2]。エストニアの人口に占めるロシア人の割合は、1934年から1989年の間に8.2%から30.3%まで拡大[3]。産業による環境汚染とロシアからの移民増加を結びつけて考える傾向が生まれた。環境と国家のアイデンティティを回復しようという動きは、1987年のPhosphorite War(リン戦争、リン採掘の拡大に反対した環境保護運動)に発展した[4]。エストニアを「森林の国」として位置づけたこの出来事は、1988年のエストニア人民戦線の形成に始まる本格的な独立運動の先駆けとみなされている[5]。
Palupõhja地区の森林(2023年2月23日)
電子国家エストニア「世界で最も進んだデジタル社会」
21世紀のエストニアを語る上で無視できないのがICTだ。2000年以降、エストニア政府はE-Estonia政策によって納税から投票、保健医療まであらゆる公共サービスをデジタル化してきた[6]。E-Estoniaのウェブサイトに掲げられた「世界で最も進んだデジタル社会」の文言から、エストニア政府がICT政策を重要視していることが分かる[7]。2023年の議会選挙では、電子投票が票の過半数を占めた[8]。2014年に開始された電子国民制度では世界のどこにいてもエストニアの電子IDを取得でき、既に10万人以上が登録した[8]。エストニアのICT政策は国際的にも評価されている。欧州委員会による2022年のレポートは、エストニアをデジタル公共サービス分野の「EUにおける優れた先駆者」[9]と表現した。
エコ・デジタルの行方
「『エコ・デジタル』がエストニアの新たな理想と言えるかもしれない」と話すのは、タリン大学でエストニアの文学と文学理論を研究するPiret Viires教授だ。エストニア政府は、2030年までに国内で消費するエネルギーの全てを再生可能エネルギーでまかなうとしている[10]。この目標はグリーンテクノロジー開発の気運を一段と高めた。2022年、エストニア経済通信省は会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)と共同で「グリーンデジタル政府」の現状と展望に関する分析結果を発表した。レポートは、政策提言の1つとしてグリーンICTを促進するための資金調達モデルの導入を提案している[11]。自然とICTという2つの価値の合体によって、エストニアは世界のグリーンテクノロジーをリードしていくのだろうか。
「エストニアとは」を探るプログラム
「ここで勉強して、自分なりの『エストニアらしさ』の定義を見つけてみては」とViires教授は言う。タリン大学は、エストニアを様々な角度から学びたいと考える学生向けの修士課程Estonian Studiesを提供している。授業は英語で開講され、学生は2年間の課程でエストニアの言語、文化、歴史、社会などを学ぶ[12]。修了時までにB1レベルのエストニア語の習得を目指す。
タリン大学への訪問(2023年2月21日)
謝辞
訪問をコーディネートしてくださったタリン大学School of HumanitiesのKarsten Brüggemann教授をはじめ、深い知見を共有してくださったAlari Allik准教授、Piret Viires教授、Ulrike Plath教授に謝意を表します。
註
Republic of Estonia Ministry of the Environment, “Forestry,” Republic of Estonia Ministry of the Environment, last modified July 13, 2021, https://envir.ee/en/water-forest-resources/forestry.
Nick Manning, “Patterns of Environmental Movements in Eastern Europe,” Environmental Politics 7, no. 2 (1998): 100-33, accessed March 8, 2023, doi: 10.1080/09644019808414395, 102.
Republic of Estonia Ministry of Education and Research, Language Education Policy Profile: Country Report Estonia (Tartu, 2008), https://rm.coe.int/language-education-policy-profile-estonia-country-report/16807b3b48, 12.
Atko Remmel and Tõnno Jonuks, “From Nature Romanticism to Eco-nationalism: The Development of the Concept of Estonians as a Forest Nation,” Electronic Journal of Folklore 81 (2021) 33-62, accessed March 8, 2023, doi: 10.7592/FEJF2021.81.remmel_jonuksRemmel, 45.
Nick Manning, “Patterns of Environmental Movements in Eastern Europe,” Environmental Politics 7, no. 2 (1998): 100-33, accessed March 8, 2023, doi: 10.1080/09644019808414395, 105.
E-Estonia, “Story,” E-Estonia, accessed March 8, 2023, https://e-estonia.com/story/.
Ibid.
ERR News, "Estonia sets new e-voting record at Riigikogu 2023 elections," ERR News, last modified March 3, 2023, https://news.err.ee/1608904730/estonia-sets-new-w-voting-record-at-riigikogu-2023-elections.
Republic of Estonia E-residency, “E-residency in Numbers,” E-residency, last modified February 22, 2023, https://www.e-resident.gov.ee/dashboard.
European Commission, Estonia: 2022 Country Report (Brussels, 2022), https://commission.europa.eu/system/files/2022-05/2022-european-semester-country-report-estonia_en.pdf, 4.
Harry Tuul, “Estonia to Use 100% Renewable Energy by 2030,” Invest in Estonia, October 2022, https://investinestonia.com/estonia-to-use-100-renewable-energy-by-2030/.
Republic of Estonia Ministry of Economic Affairs and Communications and Ernst & Young, Analysis of the Current Status of and Possibilities Regarding Green Digital Government (May 2022), https://e-estonia.com/wp-content/uploads/green_digital_analysis_english.pdf, 8.
詳細は、“Estonian Studies” in Tallinn University School of Humanities, https://www.tlu.ee/en/estonian-studies.