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執筆者の写真Reika Mihara

民話にみるエストニア タルトゥ大学

「民話とエストニアのアイデンティティとの結びつきは深い」と話すのは、エストニア民俗学・比較民俗学を研究するタルトゥ大学のÜlo Valk教授。民話の体系的な収集が始まったのは、エストニアの人・言語・文学の研究を目的としたLearned Estonian Societyが設立された1830年代だった[1]。創設者のひとりフリードリヒ・フェールマン(1798〜1850年)が編纂したエストニアの伝承は、1866年にエストニア語で出版された[2]。この時期、エストニアはロシアの支配下にあったが、文学や歌の祭典など国を代表する文化的要素が次々と萌芽した[3]


タルトゥ大学への訪問(2023年2月23日)


森林 精霊との邂逅


森林は、主人公が精霊と出会う神秘の場所として多くの民話に登場する。人間の居住空間と森林の境界にはサウナがあり、物語の中で2つの世界の交差点として機能する[4]。1897年にJaan Hünersonによって書かれた物語の主人公は、森に棲む悪魔の娘との結婚を断って別の女性を妻にしたために悪魔の怒りを買う[5]。男の妻は悪魔の呪いによって狼人間に変えられてしまうが、男は彼女を人間に戻すことに成功する。物語の終盤、男は悪魔をサウナ小屋に招き入れ、サウナごと燃やして悪魔を退治する。


Palupõhja地区の森林(2023年2月22日)


動物も、民話に欠かせない存在だ。1894年にAnton Suurkaskが書いた物語では、狩人が森で鳥の王の娘と出会う[6]。2人の結婚を知った荘園の領主は、狩人を殺してその妻を奪おうと画策する。妻の魔法に助けられた狩人は一命を取り留め、領主を打ち負かす。19世紀に作られた物語には荘園領主が悪者として登場する場合が多く、ドイツ系領主に対する当時のエストニア人の感情の表れと考えられている[7]


土地に息づく英雄


伝承は本の中にだけでなく、エストニアの土地にも息づく。Valk教授は、「民話の収集を契機に、様々な場所が神秘的な空間として意味づけられた。そうした場所は、今も人々の精神的な拠り所になっている」と話す。木立や丘などの自然の地形が民話と結びつけられた場所がいくつもあり、人々が物語を想ったり、自然に親しんだり、幸運を願ったりする空間になっている。民族的叙事詩『カレヴィポエグ』がその一例だ。エストニアには、かつて氷河によって運ばれてきた岩が多くある。これらの岩は伝説の巨人カレヴィポエグが悪魔と戦った際に投げたものとして語られる[8]。ペイプシ湖やフィンランド湾もカレヴィポエグによって作られたとされている[9]。物語によれば、悪魔はエストニアとロシアの間に位置するペイプシ湖の向こうからやってきた[10]。ロシアと悪魔を結びつける語りは、ロシアの支配下にあった19世紀エストニアにおいてカレヴィポエグが国民的英雄として位置づけられていたことを示唆している。伝説によれば、タリン中心部にあるトームペアの丘はカレヴィポエグの父の墳墓だという11)。エストニアの首都は、英雄の父の体の上に建っているのだ。


1918年から1920年まで続いた独立戦争の犠牲者を偲んで建てられたTartu Statue of Liberty。自由の象徴としてカレヴィポエグをモチーフにしている。


謝辞


タルトゥ大学Institute of Cultural Researchへの訪問を快く受け入れてくださったÜlo Valk教授をはじめ、Centre for Oriental Studies代表のAlevtina Solovyeva氏、Kristel Kivariリサーチフェローに謝意を表します。


  1. Ülo Valk, “Folkloristic Contributions Towards Religious Studies in Estonia: A Historical Outline,” Temenos: Nordic Journal of Comparative Religion 50, no. 1 (2014): 137-64, accessed March 8, 2023, doi: 10.33356/temenos.46254, 139-40.

  2. Ibid., 140-41.

  3. Kyllike Sillaste, “Conquest and Survival: An outline of Estonian History,” World Affairs 157, no. 3 (1995): 119-23, accessed March 8, 2023, https://www.jstor.org/stable/20672421, p. 120

  4. Risto Järv, Deep in the Forest: One Hundred Estonian Fairy Tales About the Forest and Its People, trans. Adam Cullen (Tallinn, Estonia: Varrak, 2020), 9.

  5. Jaan Hünerson, The Forest Spirit (1897), in Risto Järv, Deep in the Forest: One Hundred Estonian Fairy Tales About the Forest and Its People, trans. Adam Cullen (Tallinn, Estonia: Varrak, 2020), 18-20.

  6. Anton Suurkask, How the Bird King’s Daughter Became the Hunter’s Wife (1894), in Risto Järv, Deep in the Forest: One Hundred Estonian Fairy Tales About the Forest and Its People, trans. Adam Cullen (Tallinn, Estonia: Varrak, 2020), 135-41.

  7. Gurly Vedru and Krista Karro, “Folk Tales about Kalevipoeg: Traces in the Landscape,” in Sharing Cultures 2013: Proceedings of the 3rd International Conference on Intangible Heritage, eds. Sérgio Lira, Rogério Amoêda, and Cristina Pinheiro (Barcelos, Portugal: Green Lines Institute for Sustainable Development, 2013), 215-16.

  8. Ibid., 212.

  9. Ibid., 212-15.

  10. Ibid., 214.

  11. Elle-Mari Talivee, “Literary Tallinn at the End of the Nineteenth Century: The Structure of its Townscape: An Overview,” Neohelicon41 (2014): 51-62, accessed March 8, 2023, doi: 10.1007/s11059-013-0220-y, 52.

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