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執筆者の写真Reika Mihara

Eesti, Эстония, and Estonia

言語からたどるエストニアのふるさと


エストニア国立博物館の常設展「Echo of the Urals」の入り口には、エストニア語をはじめとするウラル語族の言語の発達を示す「言語の木」が展示されている¹⁾。「フィン・ウゴル系民族の科学的・神話的故郷はウラル山脈にある」という1文から始まる解説板は、フィン・ウゴル系民族がウラル山脈からバルト海やドナウ川流域へ移動し、エストニアという独自の国家をもつに至ったこと、周辺の国々に同じルーツをもつ民族が暮らしていることを説明。この展示は、フィン・ウゴル系民族への帰属意識がエストニアのアイデンティティにおける重要な位置にあること、エストニア語がそのルーツの証であることを示唆していた。



「公用語」エストニア語の成り立ち


エストニア語が国の公用語になるまでには長い道のりがあった。バルト・ドイツ人が上流階級を構成していたエストニアでは、19世紀後半までドイツ語が行政と教育の公用語だった²⁾。1918年の独立を受けて成立した憲法でエストニア語が公用語に規定されると、高等教育でエストニア語が発達³⁾。1940年からのソ連時代には、政府をはじめ様々な領域にロシア語が浸透する⁴⁾。1992年に制定された現行の憲法で、エストニア語が公用語として再定義された⁵⁾。憲法の前文は「エストニアの人民、言語、文化を恒久的に保障すること」⁶⁾を国の義務として定めている。


「ウラル語族の言語の木」(エストニア国立博物館、2023年2月24日)


多言語の国エストニア


エストニアは多言語の国である。2021年の国勢調査によれば、母語として話されている言語の数は243にのぼり、人口の76%が母語以外の言語を話す⁷⁾。人口の84%がエストニア語を、67%がロシア語を、47%が英語を話す⁸⁾。話者の割合は年代によって異なる。15歳から29歳ではエストニア語と英語が最もよく話されているが、より高い年齢層ではロシア語話者の人口がエストニア語話者の人口を上回った⁹⁾。全人口の29%がロシア語を母語としているという統計は、「エストニア語教育への転換」政策が社会に大きな影響を及ぼすことを予想させる¹⁰⁾。


エストニア語教育への転換


2022年2月、政府はエストニア語教育のアクションプランを発表した。全ての子どもに「エストニア語による良質な教育」を提供することで「エストニア国民としてのアイデンティティ形成と社会的統合を促進し、教育・社会経済における分離を緩和すること」が目的だという¹¹⁾。エストニアには、エストニア語で教える学校とロシア語で教える学校が存在する。2021/22の学年度には、511ある一般教育の学校のうち73の学校がロシア語またはエストニア語とロシア語の併用で教育を行っていた¹²⁾。政府は2029/2030学年度の初めまでに転換を完了する計画で、2024/2025学年度には1年生と4年生でエストニア語への転換が始まる¹³⁾。教育現場での言語の統一は、社会経済的な格差の解消をもたらすのだろうか。


声を聴く


ある社会が多言語であることは、それが他民族・多国籍の社会であることも示唆している。211の民族・国籍に属する人々が暮らすというエストニアで、人口の69%を構成するエストニア人に続いて多いのが28%を占めるロシア人だ¹⁴⁾。民族的多様性は、統計だけでなく、個人の生活にも現れる。タルトゥ美術館の企画展「Look at Me! Listen to Me!」では、ロシア語を主言語として話し、エストニアで活動する女性アーティスト10名の作品が展示されている¹⁵⁾。Tanja Muravskaja氏の作品《Three Sisters》(2015年)は、アーティストによる2人の親戚へのインタビューを収録したインスタレーションだ¹⁶⁾。Muravskaja氏はエストニア生まれで、家族はエストニア、ロシア、ウクライナに暮らしている。インタビューは2013年にウクライナで発生したユーロ・マイダン革命後に撮影され、1つの家族がロシアとウクライナのイデオロギー間で分断される様子を記録している。


《Three Sisters》より(画像提供:Tanja Muravskaja氏)


10日間の滞在は、200以上の民族・国籍をもつ100万人の人々が暮らすエストニアの複雑さを理解するには短すぎる。一つだけ分かったことは、Eesti、Эстония、Estonia――どの名前で呼ばれる時も、ここは各々に声をもつ「個」が互いに対話し、交わる交差点だということだ。



  1. 展示の詳細は、Estonian National Museum, “Echo of the Urals,” Exhibitions, accessed March 9, 2023, https://www.erm.ee/en/content/echo-urals.

  2. Republic of Estonia Ministry of Education and Research, Language Education Policy Profile: Country Report Estonia (Tartu, 2008), https://rm.coe.int/language-education-policy-profile-estonia-country-report/16807b3b48, 13.

  3. Ibid.

  4. Ibid.

  5. Ibid.

  6. Riigi Teataja, The Constitution of the Republic of Estonia (1992, translation published in 2013), https://www.riigiteataja.ee/en/eli/530102013003/consolide.

  7. Statistics Estonia, “Demographic and Ethno-cultural Characteristics of the Population,” Census 2021, accessed March 9, 2023, https://rahvaloendus.ee/en/results/demographic-and-ethno-cultural-characteristics-of-the-population.

  8. Statistics Estonia, Population census. “76% of Estonia’s Population Speak a Foreign Language,” Census 2021, November 16, 2022, https://rahvaloendus.ee/en/news/population-census-76-estonias-population-speak-foreign-language.

  9. Ibid.

  10. Ibid.

  11. European Commission, “Estonia: Action Plan Approved for Transition to Estonian-language Education,” Eurydice, December 16, 2022, https://eurydice.eacea.ec.europa.eu/news/estonia-action-plan-approved-transition-estonian-language-education.

  12. Statistics Estonia, “General Education,” Education, 2021, https://www.stat.ee/en/find-statistics/statistics-theme/education/general-education.

  13. Republic of Estonia Ministry of Education and Research, “Transition to Estonian-language Education,” Estonian Language, last modified January 10, 2023, https://www.hm.ee/en/node/234.

  14. Statistics Estonia, “Demographic and Ethno-cultural Characteristics of the Population,” Census 2021, accessed March 9, 2023, https://rahvaloendus.ee/en/results/demographic-and-ethno-cultural-characteristics-of-the-population.

  15. 展示の詳細は、Tartu Art Museum, “Look at Me! Listen to Me!” Exhibitions, accessed March 9, 2023, https://tartmus.ee/en/exhibition/look-at-me-listen-to-me/.

  16. アーティストと作品の詳細は、Tanja Muravskaja, “Portfolio,” Tanja Muravskaja, accessed March 9, 2023, http://www.tanjamuravskaja.com/.




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